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第11回「60歳のラブレター」 大賞受賞ラブレター
- ※第11回受賞者の年齢は、2011年1月31日現在のものです。
「夫婦のラブレター」部門
山尾 武次 (やまお たけじ) 様 [石川県 61歳]
体力作りの一環として、30年程前から二人で始めたジョギングが数年後には、ホノルルマラソンでデビューすることになったのです。そして、また何十年振りかで、二人の還暦と定年退職記念にと、今年1月9日鹿児島県指宿市で行われた第30回菜の花マラソン大会に出場を決めた。走る前、目標タイムを設定して20キロまでは一緒に走り、それ以降は各自のペースで走ろうと心に決めて走り出した。20キロ過ぎ妻が足が痛いのであんた先に行ってと言い出した。一人置いて行くのも心配はあったが、言葉に甘えて先を急いだ。しかし、自分も暫くすると足が動かなくなり超スローペースになってしまった。気持ちを入れ替えようとエイドステーションで口に水を含んでいると、妻が「よう」と言って元気に追いついて来た。それにはびっくり、そしてまた一緒に走り始めるが、妻は暫くするとまた足が痛いと言い出し、先に行ってと・・・・・心の中で今度はダメだなーと思いながら先を急いだ。また、エイドステーションで水を飲んでいると、「よう」と言って追いついて来る。そんなことを繰り返しているうちに40キロ地点が来た。残り2.195キロだ。そのとき「菜の花マラソン」のテーマ曲が聞こえてきた。最後の踏ん張りだ。ここで心を決めた。ゴールは手を繋いでゴールだ。最悪の記録にもかかわらず、拍手と歓声の中、ゴールへ疾走するうちに、何とも言えない幸福感で心が満たされていた。南国鹿児島といえども風は冷たい、しかし、握った手はいつまでも暖かかった。ゴール後、「ご苦労さん」と言葉をかけた。よく最後まで頑張った妻にねぎらいの言葉だ。ラブレターとは少々異なるかも知れないが、気持ちが一本の赤い糸のように繋がった還暦の言葉のラブ表示だった。

「家族へのラブレター」部門
大垣 すが子 (おおがき すがこ) 様 [京都府 74歳]
二〇一一年一月、今年の京都は殊の外冷たい日々が続いています。
お母さん、私があなたの娘となってから七十四年も経ちました。そしてあなたも満百歳。
生後一カ月の私を貰い受け、毎日ミルクを与える時、私の手を自分の乳房にあてがって母と子の絆を深めていった、とあなたは話してくれました。
縁あって、あなたのところにきた事も、ミルクを与えた日の事も、私が息子に母乳を与えるようになった日、初めて話してくれましたね。
明治生まれのあなたは、一本筋を通しながらも、やんわりとした温かい空気で包んでくれました。
たった一人の娘から孫三人に曾孫が七人。あなたを囲んで、私たちには人を思いやる心が育ちました。
介護という言葉は辛い様子を匂わせますが、出来得る限り自分でやってみようと努力する、そんなあなたの頑張りの姿を見て、これから先も介護を笑いに転じながら、日々「こんなものでしょう」と過ごしてゆきましょうね。
早くも一月が終わります。九月四日、あなたの誕生日もこうしてすぐに来ることでしょう。
お母さん、自然のままでいて下さい。
これからも、あなたの孫、曾孫たちに「老いゆく姿は誰も同じ」ということをもっと沢山見せて下さい。
お母さん、私があなたの娘となってから七十四年も経ちました。そしてあなたも満百歳。
生後一カ月の私を貰い受け、毎日ミルクを与える時、私の手を自分の乳房にあてがって母と子の絆を深めていった、とあなたは話してくれました。
縁あって、あなたのところにきた事も、ミルクを与えた日の事も、私が息子に母乳を与えるようになった日、初めて話してくれましたね。
明治生まれのあなたは、一本筋を通しながらも、やんわりとした温かい空気で包んでくれました。
たった一人の娘から孫三人に曾孫が七人。あなたを囲んで、私たちには人を思いやる心が育ちました。
介護という言葉は辛い様子を匂わせますが、出来得る限り自分でやってみようと努力する、そんなあなたの頑張りの姿を見て、これから先も介護を笑いに転じながら、日々「こんなものでしょう」と過ごしてゆきましょうね。
早くも一月が終わります。九月四日、あなたの誕生日もこうしてすぐに来ることでしょう。
お母さん、自然のままでいて下さい。
これからも、あなたの孫、曾孫たちに「老いゆく姿は誰も同じ」ということをもっと沢山見せて下さい。
七十四歳の娘より


